ひるねの時間

「成東のうずしお」96/12/23      みなみ てつや

子供の頃、ほんの少しの間だけ千葉県の八街という所に住んでいました。そのころ同じクラスだったケンちゃんとよく遊んでいました。

ある日ケンちゃんがテレビで凄い物を見たと言う。
海の真ん中に船をも飲み込まんばかりの大きな渦がいくつも出来る所が有るというのです。
しかもそれはケンちゃんの親戚の家のそばで、自転車でも行ける距離らしい。実際何度か一人で行った事も有ると言う。
取り敢えず、次の日の日曜日に一緒に行く事にした。

小学生の朝は早い。朝の8時に集合して自転車で目的地を目指した。幾つかゆるやかな丘を越え、2つ隣の町の成東町へついた時にはまだ日も高くはなかった。
ケンちゃんの話によると、ここから20分ほど行った所が親戚の家でその先5分ほどで海にたどり着くとの事だった。
大きな渦までは遊覧船が出てるから、きっとその当たりに船着き場が有るだろうと言う事だった。市街地を通り抜け田園風景の中を抜け、小さな丘を越えるとケンちゃんの言うとおり海に出た。大きな砂浜沿いの道を海と平行に走りながら船着き場を探す事にした。

それからしばらく走ると、ここより九十九里町という看板にぶつかった。僕はそのまま行こうとしたがケンちゃんは、成東の名所なのだから船着き場も成東町の中に有るはずだと主張した。そこで2人は今来た道を引き返す事にした。
しかし、しばらくすると今度は蓮沼村に出てしまった。
しかたが無いのでまた引き返した。急いでいて見逃したのかもしれないので今度はゆっくりと走って見た。しかしやはり船着き場はない。何度か繰り返して気が付くと日ももう高くなっていた。お腹が空いてきたがコンビニなど無い時代だし、ドライブインのような場所は有ったが、持ってきたお小遣いはいくらかかるか判らない遊覧船の料金用に置いておかなければいけないので使えなかった。
あせってきた二人は、今度は隣の町も探してみる事にした。でも、しばらく探してもやはり遊覧船の船着き場はない。

しかたが無いので、ケンちゃんの親戚の家へ行く事にした。親戚のおばさんなら何か知っているかもしれません。
ケンちゃんの親戚の家に着いた頃はもう4時を過ぎていました。ずっと何も食べていなかったので、おばさんが出してくれたおせんべいを勢いよく食べながら、急に来てびっくりしているおばさんに、事の成行きを話しました。
すると、おばさんは更にびっくりした顔になりました。
そんな大きな渦が出来るなんて聞いたことがないというのです。
でもケンちゃんは言いました。「確かにテレビで成東の渦潮って言ってたよ!」
するとおばさんは笑って言いました。「そりゃご苦労様だったね。そりゃきっと四国の鳴門の渦潮の事じゃないのかい?自転車で行くにはちょっと遠いよ。」
四国が遠い事ぐらいは、僕もケンちゃんも知っていました。

ケンちゃんは、間違った事を照れると言うより、何か一人で悔しそうにブツブツ言っていました。
でももっと悔しいのは僕のほうでした。結局、ケンちゃんの勘違いに1日中振り回されたのですから・・・

そのあと、となりでその話を聞いていたおじさんがいい所に連れていってやろうと、言いました。
おじさんの車で着いた先はラーメン屋でした。「うずしお」という名前の・・・

「ほうら成東のうずしおだぞ」そう、おじさんに言われて、ケンちゃんはぶつぶつ言いながらもお腹が空いていたのでラーメンを勢いよく食べていました。
ぼくもラーメンを食べながら、成東のうずしおとは、しゃれの判るおじさんだなと思いました。

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