「入力」99/01/16
“入力”この言葉を初めて聞いた時、トイレで力んでいる姿を連想したのは私だけだろうか?
もう20年以上も前の事。私が初恋に目覚めるよりもちょっと前。
その頃一部の企業などに密かに侵略をはじめていたコンピューターというものについてのTV番組を見ていた時の事。講師らしき人が「キーボードを使ってコンピューターに情報を入れる事を“入力”と言う。」と、解説していた。
それを聞いて、まだ物珍しかった“入力”という単語の語源てなんだろうと思った。
今でこそ、誰もが当たり前のように使っていて、何の違和感も無い言葉だが、キャンディーズが活躍していて、成田空港がいまだ未開港で、フローッピーディスクもまだ無い時代。
多くの人が、コンピューター1台さえあれば、あらゆる業務をこなしてもらえる夢の機械と信じていた頃、実物は、一部の大企業や工業系の大学、官庁などにしか無かった。その為“入力”なんて言葉を知っている人の方が少数派だった。
だから、なぜ“入力”なのか?どこにどう力を入れるのか不思議だった。
ちなみに英語ではinputだ。この手の言葉は、その分野においての先進国の言葉を直訳するケースが多いのだが、この場合はちょっと違う。直訳なら“入置”か“入据”ぐらいだろうか?
実際に行う作業も、力を入れると言う感じではない。
だからこの言葉の持つ印象は、私にとっては大きなものだった。数年後初めてパソコンを買った時も、やはりそのイメージが抜けず、キーボードを強く叩いてみたり、肩を持ち上げたりして、何とか力を入れて作業しようと思った程だった。
“入力”の対義語として“出力”と言う言葉が使われている。
この部分を見ると、英語の“input”“output”の影響かもしれないとも思う。
素直に言葉の意味を受け取ると“力を入れる”と“力を出す”は対義語ではない。むしろ類義語に近い。
入と出は“入庫”“出庫”、“搬入”“搬出”のように対義語として使われる場合も有るが、“入場”“出場”、入社”“出社”、などの様に対義語でない場合も多い。ちなみに今例を挙げた入出は共に“退場”、“退社”と、退のつく同じ言葉を対義語に持つ。そういった意味では、対義語よりは類義語に近い関係に有ると言える。
これは、二人称的な使い方をする場合、入と言う漢字には、「外から中へ入ってくる。」という意味合いが有り、出と言う漢字には、「隠れていたものが表に現れる。」と言う意味合いが有るからだと思う。どちらも英語のcomeに近い意味合いの言葉で、少なくとも対義語ではない。
しかし、対象となるものが三人称的なものの場合、倉庫に出し入れされる商品のように、”出し入れ”と言う意味合いになり対義語となる。
と言う事は、“入力”の対義語として“出力”と言う言葉が有ると言う事は、この場合の“入”“出”は“力”を三人称的に扱っているものと言う事になるということだろうか。
また“力”と言う字だが、本来は何か物を動かすエネルギーの事だが、それ以外にも能力を表す言葉として“力量”“学力”などと言う言葉が有り、そこから仕事量やその成果なども表すようになった。そこから更に転じて仕事そのものを意味するように用いたのがこの“入力”“出力”と言う言葉の中での力と言う漢字が意味するところではないかと思う。つまり、「作業をする人によってコンピューターに出し入れされる仕事。」と言う意味ではないかと思う。
“入力”“出力”と言う言葉が、“input”“output”と言う言葉を訳す為に作られた言葉だとしたら、いろいろと苦心の跡がうかがわれる気がする。
いずれにしろ、毎日のように新しいコンピューター用語が出来ている世の中、それらの横文字に対する漢字の単語を作る事はあまり行われなくなった。外来語を嫌う公文書においても、コンピュータ用語は特別にカタカナ言葉を使う事がむしろ主流となっている。一般においては、MMIやWYSWYG、FEPなど固有名詞でないにもかかわらずアルファベットで表記するのが当たり前となっている単語も多い。そんな中、まだ、和訳単語を作れるほどの余裕が有った時代に出来た“入力”“出力”と言う単語に、なにか懐かしい響きすら感じるのは、私だけだろうか?