「おばけ」

今の若い人は知らないと思うが、私が居酒屋へ足を運ぶようになった頃には、まだどこの店にも”おばけ”が置いて有った。私はこれが大好物で、必ず”アサリの酒蒸し”や”焼きナス”と一緒に注文した。

”おばけ”は別名”尾の身”ともいい、クジラの尻尾の一番おいしい所の事だ。あの白くてぐにゃぐにゃした見た目と、正体の無い味の所為で、あの夜中に墓場に出るらしい”おばけ”に見立ててそう言うのかと思ったら、そうでもないらしい。漢字では”尾羽毛”と書くらしい。尾っぽに有る羽や毛のように軽い身と言う意味だろうか。でもやっぱり私には夜中に出るやつのほうがピンと来る。

ところで夜中に出るといえば私は当時、寝酒に飲んでいた日本酒の燗を思い出す。私は専ら日本酒党だった。当時ビールはほとんど飲めず、日本酒一辺倒だった。それでいてビールばかりを飲んでいる奴等を相手に飲んでいたのだから今考えると恐ろしい。私が”空揚げ”や”ポテト”でなく先程挙げたようなおつまみが好きなのも判っていただけると思う。

さて本題に戻って”おばけ”だが今から10年ほど前、国際的に商業捕鯨が全面禁止になってしまった。そのおかげでほとんどお目にかかる事も出来なくなった。それまで鯨肉は非常に安価で庶民的な食材で、学校の給食や夕飯の食卓にもよく登場した。それが今では魚屋にも滅多に並ばない。
出来る事ならもう一度思う存分鯨を食べてみたい。

先日”はりはり”を食べに行った。”はりはり”とは、鯨の肉を水菜と一緒に醤油味で煮た物だ。昔は、オヤジの給料前になるとよく出た物だった。それが今では1人前数千円もする。下手な”しゃぶしゃぶ”よりも高い。
もちろんおばけも右に同じだ。私の好きだった庶民の味は、まさに値段まで”おばけ”になってしまったのかもしれない。


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